プロローグ
PROLOGUE
プロローグ
マスターは扉の鏡を見ながら蝶ネクタイの位置を確認
背筋を伸ばしてあごを引く
毎日のルーティンだ
店の看板にあかりを灯してオーディオの前へ
スタートはレイ・チャールズですか?
今日は迷わなかったな
上機嫌のようだ
バーのオープン直後の空気は独特だ
ほどよく張りつめた緊張感
乾いていて木のにおいがする
おっと、失礼!
ご挨拶が遅れました!
私はこの店のカモメの置物、通称ジョナサン
「カモメと云えばジョナサン」
そう呼ばれることに世代を感じます
私の隣はヘネシー家の三男でその隣がレミーマルタン家のご長男
下の段はスコッチ群のモルト族
店名の「銀座かもめ亭」にちなんで
私はこのバーのバックバーの最上段に置かれている
バーを眺めるには好都合
とは言っても狭い店でね
天井は低いは隙間風は吹くは
何せ銀座の路地裏にある古いビルの地下ですから
「古き良き時代の銀座にタイムスリップしたようだ」なんて言われた時は
さすがに無愛想なマスターでも口元が緩んでいたが
それだけ古いってことなんだよな。
そろそろお客様のご来店
やがてこの店も酒と人のにおいで満ちていく
おっ!そうだ
これからご一緒にかもめ亭のご観覧でもいかがですか?
せっかくですから何かお好きなものを一杯やりながら
無愛想で口は重いがなかなかの腕前のようですよ、このマスター!
銀座は夜のとばりが降りるころ
さて、今宵はどんなことになるのやら…