第1話 オールドパーのノッポさん
EPISODE 1
第1話 オールドパーのノッポさん
本日一人目のお客様がご来店
扉の風鈴が鳴るとご来店の合図だ
「いらっしゃいませ」
低い声でマスターが迎える
ノッポさんだ
マスターは特に席を案内するわけではない
このお店のお客はほとんどが常連で
それぞれお気に入りの席があるのだ
ノッポさんの来店はいつも開店直後
滞在時間は1時間ほどだ
その間にOld Parrのソーダ割りを10杯は飲むだろう。
ボトルにすると3分の2ぐらいになる。
ノッポさんのソーダ割りはウイスキー1に対してソーダが1.5
濃い目だがこれが美味い
ノッポさんが酒の注文をすることはない
グラスが空きコースターからそれを外すともう1杯出てくる
「ご馳走さん」と言えば勘定書が出てくるという具合だ。
この店を出た後、銀座界隈を3・4件ハシゴするらしい
仕事の酒だとも言っている
今時、それだけの接待交際費を出す会社は少ないが
確かに昔は銀座もそんなお客で賑わっていた
酒で人に負けたことはないとの口癖だが
全て本人の弁である。
只、1時間ほどの滞在時間でそれだけのオールドパーを飲んでも
顔色ひとつ変えないのだからあながち嘘ではないのだろう
ノッポさんは時折マスターと二言三言言葉を交わす程度で
それ以外は黙ってウイスキーを飲んでいる
他にお客が居なければ氷の音と音楽が店に響くだけだ
マスターは冷蔵庫から何やら取り出して
小皿に盛り付けノッポさんのグラス横に置いた
「これはカキですね」
「カキのオイル漬けです。ウイスキーに合うかと。」
ノッポさんはカキを一粒頬張った
「うまいね~!」
Old Parrを飲み干しグラスをコースターの上に置いたまま
しばし何か考えていた
「マスター、折角だからこれに合う酒を1杯貰おうか」
「それではこちらをオン・ザ・ロックで」
「BOWMOREの12年か。良さそうだ。」
ノッポさんはグラスに注がれるBOWMOREを見ながら
思わず喉をゴクリと鳴らした。
氷がカランと鳴ってTake Five ♪が流れた